Column

洲浜にみる「こころの風景」— 砂に触れ、かたちを生むということ(箱庭療法の原点)

第38回日本箱庭療法学会に参加して来ました。今回のシンポジウムでは、原瑠璃彦氏を迎え、「『洲浜論』より日本の原風景」というテーマで語られました。
“洲浜(すはま)”を通して見えてきたのは、わたくし達日本人のこころの奥に流れる風景、そして箱庭療法と響き合う「あいだ」の世界でした。

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平安の洲浜台に見る「箱庭」の原型

原瑠璃彦氏のお話によると、平安の宮廷では「洲浜台」の薄く敷かれた白砂の上に、貝や小石、人形などを並べて風景をつくり、その情景をもとに和歌を詠む遊びがあったそうです。
まるで箱庭そのもののような文化が、すでに千年前の人々の間にあったということに驚かされます。

砂の上に小さな世界をつくり、自らのこころを映す。
古の人々も、言葉にならない想いを、白砂とミニチュアの世界に託していたのかもしれません。

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「顕れる」洲浜のかたち

洲浜とは、海と大地が出会う「場」。直線ではなく、自然の力によって緩やかに曲がり、入り組むようにしてできる形です。
それは人の意図によって「作られる」ものではなく、自然の働きの中で「顕れてくる」もの。

この「顕れる」という感覚に、わたくしは深く惹かれました。
箱庭療法においても、作り手のこころの世界はセラピストが作り上げるものではなく、内なる何かが静かに“顕れてくる”ものとして表現されます。

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砂に触れる安心感

砂に触れるとき、多くの方がほっとされます。
さらさらとした感触の中に、言葉を超えた懐かしさや安心感を覚えるのは、もしかすると、こうした古の記憶が私たちの深層に息づいているからかもしれません。

砂は、形を与えれば受け入れ、壊してもなお、また新たな形を生む。
その包容力に、人は無意識のうちに癒やされていくのだと思います。

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箱庭の場としての「洲浜」

箱庭の中でも、砂と水、山と谷、光と影といった対立するものが出会い、溶け合い、ひとつの風景を成していきます。
洲浜のように、そこには「意図して作るのではなく、顕れる」世界があります。
その顕れを見守る時間こそ、セラピーの最も本質的な瞬間なのかもしれません。

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あいだに立つということ

ユングは、「象徴とは、意識と無意識のあいだに架かる橋である」といったようなことを述べています。
洲浜はまさにその橋のような「場」。海(無意識)と大地(意識)が出会い、溶け合う中間領域です。
わたくし達のこころもまた、その「あいだ」を生きています。
そこに、ひとつの世界が静かに顕れていく、、
洲浜の風景に、わたくしは箱庭の根源的な姿を見た気がしました。

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結びに

砂の上に広がる小さな風景。
それは、わたくし達が無意識の奥で求めている「つながり」や「全体性」の記憶なのかもしれません。
洲浜に立つように、海と大地のあいだに身をおくこと、、
その場所に、こころの治癒の原点があるように思います。

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つくば心理相談室もまた、そんな「あいだの場」でありたいと願っています。
言葉にならない思いが、砂の上の小さな世界のように、そっと形をとっていく—
その瞬間を共に見守ることが、わたくしの臨床の原点です。

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参考文献

C. G. Jung, The Archetypes and the Collective Unconscious, CW9-I.
(邦訳:『元型論ー心の構造と力動』河合隼雄ほか訳、みすず書房)

※本文中の「象徴とは、意識と無意識のあいだに架かる橋である」という表現は、ユングの思想を要約したものです。

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