物語から、こころへ
~ わたくしが人のこころを見つめ続けてきた道筋 ~
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人は、自分のこころを、いつも言葉にできるとは限りません。
けれど小説や映画、神話や物語の中で、思いがけず「これは自分のことだ」と感じる瞬間があります。
わたくしは、そうした物語との出会いを手がかりに、人のこころを考え続けてきました。
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目次
1.心理学との出会いは、「物語」から始まった
わたくしが心理学の道を志すきっかけとなったのは、織田尚生著『王権の心理学』でした。
そこには、理論としての心理学である以前に、人類が紡いできた神話や象徴、物語の世界が広がっていました。
人のこころは、個人の内側だけで完結するものではなく、時代や文化、繰り返し語られてきた物語の影響を受けながら形づくられていく。
その視点は、当時のわたくしにとって新鮮であると同時に、どこか深く腑に落ちるものでした。
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2.個人の物語と、集合の物語
分析心理学(ユング心理学)では、ひとりひとりに固有の「個人的無意識」と同時に、人類に共通するイメージや体験の層としての「集合的無意識」が大切にされます。
臨床の場で出会うクライエント様のお話は、かけがえのない、その方だけの人生の物語です。
同時に、その物語の奥には、「喪失」「葛藤」「変容」「再生」といった、神話や昔話の中でも繰り返し語られてきた普遍的なテーマが、静かに息づいていることがあります。
個別でありながら、どこか人類共通でもある。
その二重性こそが、こころの奥行きなのだと、わたくしは感じています。
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3.語れない物語に、そっと耳を澄ます
多くの方は、「自分の話は取るに足らない」「うまく説明できない」と感じながら、面接室に来られます。
物語は、最初から整った形で語られるわけではありません。
断片的で、行きつ戻りつし、ときに沈黙を含みながら、少しずつ立ち上がってきます。
わたくしが心がけているのは、その語りを急いでまとめたり、意味づけたりしないことです。
小説や映画を読むときのように、分からない場面にすぐ答えを出さず、そこに留まり続けること。
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その時間の中で、その方自身の物語が、その方の速度で動き始めることを、信じて待ちたいのです。
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4.なぜ、神話や物語に目を向けるのか
神話や物語は、特別な人のためのものではありません。
それらは、人が生きる中で避けがたく出会う体験 ― 喜び、喪失、孤独、希望 ― を、象徴という形で受け止めてきた器です。
クライエント様お一人おひとりの語りに耳を澄ますことは、同時に、その背後にある大きな物語の流れにも耳を澄ますことでもあります。
どの物語も、軽んじられるべきものではありません。
小さく、途切れ途切れであっても、それはその方の人生にとって、真実の物語だからです。
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5.小さな物語を、大切にする場所として
心理臨床は、問題を早く解決する場である以前に、こころの物語が安心して語られ、迷い、立ち止まることを許される場でありたいと、わたくしは思っています。
あなたの人生の物語は、あなた自身のものです。
わたくしは、それを評価したり、書き換えたりする存在ではありません。
ただ、その物語に伴走し、ときに一緒にページをめくる者でありたいと願っています。
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つくば心理相談室より
つくば心理相談室は、こころの小さな物語が、急がされることなく、大切に扱われる場所でありたいと考えています。
あなたがこれまで生きてきた物語、そしてこれから紡がれていく物語に、そっと寄り添う時間をご一緒できれば幸いです。
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