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「場」の意義 〜 直接会うことと心理臨床の理論的背景


心理臨床において、クライエントとセラピストが同じ場に身を置き、直接相対することの意義は非常に大きいものです。
この「場」に関する理論は、ユング心理学の臨床実践に加え、日本哲学の伝統に根ざした考察とも響き合います。
本稿では、西田幾多郎の哲学と河合隼雄の心理臨床を中心に、「直接会うこと」が心理臨床上いかに重要であるかを考察します。

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1. 「場」の理論と哲学的背景

西田幾多郎は『善の研究』において、自己と他者を区別する以前の「純粋経験」の重要性を説き、
「われわれの存在は関係の中において成立する」と記しました(西田, 1911, p.45)。
この思想は、単なる物理的空間ではなく、人が相対することで生じる心理的・象徴的空間を重視する点で、心理臨床に通じます。

河合隼雄もまた、ユング心理学の臨床的実践を日本の文化的文脈に応用する中で、心理療法における「場」の概念を明確にしました。
「心理療法において重要なのは、クライエントとセラピストが共に同じ時間・空間に存在し、互いの内的世界が触れ合うことである」(河合, 1978, p.32)と述べ、場の成立を治療的関係の核心として位置づけています。

さらに、メラニー・クラインの対象関係論も参照すると、乳児は生来、他者との関係の中で心理的構造を形成することが示されており(Klein, 1932)、臨床場面における「場」の理解を補強します。

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2. 直接会うことの臨床的意義

臨床家がクライエントと直接会うことは、単なる対面の利便性を超えて、心理療法の核心に関わる要素をもたらします。
非言語的情報の取得、沈黙や微細な身体の動き、表情や呼吸など、言語化されない情報が豊かに得られるのは、同じ場に身を置くからこそ可能です。

また、セラピストは全人格をもってクライエントに相対することで、転移・逆転移を含む関係性の動きに触れ、心理的場を豊かに構成します。
対面臨床において特に顕著なのは、象徴的・感覚的体験です。箱庭療法などでは、物理的・象徴的操作を通じてクライエントの内的世界が可視化されます。
この体験はオンラインでは再現が難しく、西田が述べる「自己と他者が未分化の状態で交錯する場所」に近い心理的空間が形成されます。

  • 非言語的情報、転移・逆転移、象徴的体験など、対面ならではの心理的場の要素が相互作用し、治療的価値を生む。

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3. オンライン臨床との比較

オンライン臨床には時間や距離の制約を超える利便性があります。
しかし、沈黙や微細な場の変化を感知する能力は制限され、非言語情報の取得や象徴的表現の受容は弱まります。
専門家としては、オンラインと対面の特性を理解し、意図的に心理的場を補完する必要があります。
例えば、声のトーンや言語表現の微細な変化、反応のタイミングを丁寧に読み取ることが求められます。

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4. 結論

  • 「場」は単なる空間ではなく、心理的・象徴的相互作用の現れである。
  • 西田幾多郎の哲学、河合隼雄の心理臨床、さらにクラインの対象関係論に通じる概念である。
  • 臨床家は、クライエントと直接会うことによって生まれる非言語情報や象徴的体験を重視し、心理的場を意識的に扱うことが求められる。

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つくば心理相談室では、こうした“場”の意義を踏まえ、対面およびオンラインの両方で心理支援を提供しています。

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参考文献

  • 西田幾多郎『善の研究』岩波書店, 1911
  • 河合隼雄『心理療法序説』岩波書店, 1978
  • Melanie Klein, The Psycho-Analysis of Children, Hogarth Press, 1932
  • C.G. Jung, The Practice of Psychotherapy, Princeton University Press, 1966

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